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2005年11月13日 (日) | Edit |
先月より教えて頂いている、山内恵子先生のフラメンコリサイタル
「レクイエム広島~『鎮魂』」を見に行ってきました。




原爆投下の悲しみ、怒り、そして平和への願いをフラメンコによって伝えるというものでしたが、その舞台は圧巻でした。
涙をこらえるので精一杯でした。

プログラム
第一部:朝の会話
第二部:母親を残し出征する青年
第三部:戦地の夫を思う妻
第四部:明日、戦地に赴く男性と結婚式を挙げる女性
第五部:原爆を許すまじ

舞台は空襲警報の発令、解除、そして原爆投下までの時間的経過と人々の日常の会話などの朗読と、爆撃機の飛ぶ音で始まります。

そして屍をイメージしたと思われる白いマスクを持って歩く女性達が通り、暗転。

第二部の出征兵士のモノローグが朗読されます。

「お母さん、僕は戦地に行かねばなりません 愛する国を助けるために アァ でも母さん心配だよ どうか体に気をつけて 僕は戦場へ行きます 国を守り 平和を築くために命を捧げるのか?命を捧げるのだ この国の礎となるためにこの命は惜しくない でも母さん どうか体に気をつけて長生きしてほしい 長生きして欲しい」

この後、広島生まれのフラメンコ舞踏家「稲田進」さんのすさまじい踊りが始まりました。
飛び散る汗、強く激しく見るものをただただ圧倒するサパテアード、
感情はひたすら揺さぶられ盛り上がっていく。

後、妻と母を表現した「ロサ吉川」さんの踊りに

「アァ さずかったこの子 かわいそうに父親の顔を知らない あの人は 今どこで戦っているのでしょう アァ 無事を祈る 無事を祈る 元気で帰って この子を抱きしめてほしい 今どこで戦っているの アァ なぜ? でも 愛する国のため 家族のため アァ 無事で帰って抱きしめてほしい お願い神様 どうぞ 愛する人が無事でいますように この子のために 私のために」

以上の朗読の後、子供をあやすような振り付けで始まった踊りは深い悲しみが表現されていました。

そして、舞台中央には婚礼の白い内掛けが。
雰囲気は一転して明るいものとなり

「婚礼の日だ 婚礼の日だ でも花婿はすぐ戦場へ行ってしまうんだよ 愛する国のため 愛する国のため 家族のため とびっきりのお祝いをしよう とびっきりのお祝いをしよう」という朗読が、

介添えの華やぐ娘たちと花嫁役の「山内恵子」先生の登場です。
全員白い衣装で笑いさざめくような雰囲気で舞台は進みます。
花嫁役の先生は幼く美しいお下げ髪でまだ少女のようです。
婚礼衣装を周りの娘たちに羽織らせてもらい、喜びの曲「アレグリアス」を踊ります。
それこそ「とびっきりの笑顔で」!

実は私はここが一番泣けてきたところでした。
舞台はこの後原爆投下、放射能と大怪我で苦しみ悶絶した挙句死んでいく人々と、それを狂わんばかりに嘆き悲しむ状況へと進んでいきまして、勿論そこも心に響き、涙を誘われたのですが、

花嫁の喜びの表情が舞台を明るく満たしていけば行くほど、なんというのでしょうか、この後起こる(現実にこの国に起こった!)原爆投下の悲壮さが際立っていく気がしたのです。

話を舞台に戻します、

暗転後、逃げ惑う人、苦しむ人でいっぱいになり皆もだえ苦しみ息絶えます。
婚礼の白い衣装から黒い衣装になり、髪もほどけてしまった山内恵子先生の振り絞るような悲鳴が響きます。

「なぜこんな事が起こったのか?これが戦争というものの真実なのか? それぞれの命 それぞれの心はどこへ行ったの? 何故 こんな事が起こったのか? 皆 幸せを望んでいるのに 放射能で大地をけがし 全てを焼き尽くしてしまう これはいったい何なのか? いったい何という事なの? 人々は皆 幸せを望んでいるのに それぞれの命 それぞれの心はどこへ行ったの?アァ 何という事実、何という悲しさ・・・・」

朗読がなおさら深い深い悲しみを誘い、そして、
屍の山の周りを黒衣の山内先生は踊り続けます、、、
私たちに「事実」を伝えるように、、
ただひたすら踊り続けます。絶望を、怒りを、悲しみを、
そのまま舞台はフィナーレへと続いていきました。

以上、ラストシーンだけは、やはり見に行った人の感動として全部伝えずにおきます。
意地悪じゃなくって、きちんと伝える自信がないのです。これは感想に直結しちゃうので、
ただ今回の「レクイエム広島~鎮魂~」からのメッセージは全部お伝えいたしました。


所詮、踊りや舞台、歌などの芸事で事実の重みや苦しみが伝えられる訳がないという考え方や、それ自体を舞台でとりあげることに関しての嫌悪感や、表現者を「不遜なもの」と捉える気持ちもこの世の中に存在する事は確かだと思います。
そしてそれはあって当たり前だとも思います。
しかし、こうして残酷な事実を、あらゆる表現で人それぞれのあり方で後世に伝えて行き、そこから平和のありがたさや平和を手にすることの難しさなど色々な真摯な気持ちを引き出す、
そういう試みとしても今回の舞台は意義あるものであったというのが拙い上に少々生意気に聞こえるかもしれない、感想です。

私事ですが、
広島と長崎に投下された原爆の名前から作られたニュースの曲
「太った男と小さな少年が世界を壊した夏」
これをずっと歌わせていただいておりますが、もっともっと真摯な気持ちでこれからも歌と向き合っていきたい。
そうも思いました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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テーマ:いま思うこと
ジャンル:日記

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